青森県上北郡七戸町字町7-2
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蒔種

2018/11/08
  「収穫には立ち会えないかもしれないが出来るだけ多くの種を蒔こう」
  あるドラマを見た際、木材問屋の女主人が「木材とは、今植えたものではない。40年50年前に植えたものが育って商品になる。だから植えた時には自分の利益にならない。それでも、40年後に生きる人のことを思って植えている。次に生きる人の事を考えて、暮らしなさい。」と主人公に伝えるシーンがありました。その時に「収穫には~」の言葉をふと思い出しました。私がこの言葉を知ったのはナカムラミツルという詩人が発表した作品集の題名でした。その後、この言葉の出所を調べてみると、旧ソ連の元大統領ゴルバチョフの言葉であるとされていました。
  女主人やゴルバチョフ氏の言葉は保育に必要な思いであると感じます。子どもたちが大人になった時のことを見据え、たとえすぐに結果に結びつかないものであろうとも、沢山の可能性を根気よく育てていくこと。目の前の変化に目がいきがちですが、大事なのはその先にあるということ。私たち大人が忘れてはならない事なのだと思います。
  7月の徳目は「布施奉仕(ふせほうし)」「誰にでも親切にしよう」ということです。「親」には「身近に接する」「切」には「行き届く」という意味があります。つまり親切とは「身近に寄り添い行き届くようすにる」というのが本来の意味です。これを私自身の子育てに焦点を絞ってみると、子どものためと言いつつ、実は自分が楽になるために言ってきたことも少なからずあるのではないかと考えされられます。目先の自分の都合ではなく、子どもが成長するにあたりどんな経験が大切なのか、それが大人にとっては面倒なことであろうとも、向き合う覚悟をもつことが「親になる」もしくは「大人になる」という事なのではないかと改めて感じます。
  息子が生まれた時に植えた杏の木にたくさん実がなりました。収穫して杏酒にし、息子達が二十歳になるまで漬けておけるような大人になろうと思います。でも、時々味見は必要ですよね。 (2016.7)

2018/07/02
 「大迫、半端ないって!」先日のサッカーワールドカップ日本対コロンビアの試合前後から何度も目や耳にした言葉です。「大迫」とはサッカー日本代表の大迫勇也選手のことで、彼が高校時代の全国高校サッカー選手権大会準々決勝において、対戦したチームの主将が試合後、大迫選手の凄いプレーに脱帽して発しました。続けて、そのチームの監督が「俺、握手してもらったぞ」「鹿児島城西(大迫選手の母校)を応援しよう」と語ります。当時、この様子が何度も放送され「大迫、半端ないって!」は注目を浴び、今回改めて話題となりました。言葉遣いは違えども、主将も監督もチームの雰囲気を少しでも和ませようとし、これだけ潔く相手を称える姿勢に器の大きさを感じました。また、大迫選手について「誰よりもロッカールームを綺麗に掃除する選手」と当時の取材を基に紹介するアナウンサーの話や、負けたこのチームは2年後、初の全国制覇を成し遂げた事など、思いや行動は巡り巡ってくるのだと考えさせられました。
  7月の徳目は「布施奉仕(ふせほうし)」「誰にでも親切にしよう」ということです。「親切」を辞典で調べると「思いやり」という言葉が出てきます。「世話をする」といった、直接的に誰かへ優しさを向けた行動だけでなく、周りの事を考えたり、他人を素直に認め受け入れたりすることもまた思いやりなのだと思います。「布施」とは修業の一つなのですが、周りへの気配りは巡り巡るものであり、自分が周りと繋がっているんだと気づくことが「布施」という修業なのではないでしょうか。
  「半端」な気持ちで流行りに乗ってしまったため、オチのない話になってしまいました。園長△(さんかっけー)とはいきませんね…(2018.7)

「算数」

2018/06/25
 「おもいやり算~人を笑顔にする算数~ 『+たす』けあうと大きな力に 『-ひき』うけると喜びが生まれる 声を『×かける』とひとつになれる いた『÷わる』と笑顔は返ってくる」
  先日、りんご組とめろん組はバラまつりのオープニングに出演しました。新たな年度を迎えてまだまだ落ち着かない中、約1ヶ月程の練習ではありましたが、子ども達は本当に良く頑張っていたと思います。練習当初の子ども達は、自分のことにいっぱいいっぱいで、周りに合わせる余裕がありませんでした。しかし、少しずつ周りの音や動きを感じ取り、みんなと合わせようとする気持ちが芽生え、一体感が出始めました。一体感が出ると、それまでにも増して練習に熱が入っていったように感じます。「おもいやり算」と言うほどではありませんが、周りに目を向けることが結果的に自身の意欲にも繋がり、より良い結果をもたらしたという素晴らしい体験だったのではないでしょうか。
  7月の徳目は「布施奉仕(ふせほうし)」「誰にでも親切にしよう」ということです。今日、「因果応報」という言葉は、「悪いことは巡り巡って必ず自分にも返ってくる」という意味で使われますが、本来は「良いこと」も巡り巡るという意味も持ち合わせていました。周りを思いやった言動は、結果自分にも良い影響をもたらします。もちろん最初から見返りを期待した、打算的な行動はその限りではありませんが…
  私たちは物事がうまくいかないとき、どうしても自分以外の人や物のせいにしたくなりがちです。しかし突き詰めて考えていけば意外と自身にも多少の原因があったりします。また、例え最初のつまずき要因は自分でなかったとしても、悪い流れが続き悪循環に陥っているとしたら、それは自身の言動を見直すことで解決の糸口が見つかったりするものです。
  最近、首ヘルニアによる左腕の痛みが増していますが、きっとそれは息子達が、私のベッドで飛び跳ねて遊び、コイルをボロボロにしたために正しい姿勢で眠ることが出来なくなったからに違いありません!(2015.7)

「察する文化」と「主張する文化」

2018/05/14
 2014年のサッカーのワールドカップでは、日本は残念ながら予選リーグで敗れてしまいました。私は「にわかファン」とすら言われない程度なので、ニュースで結果を知ることがほとんどなのですが、初戦のコートジボワール戦後、「試合で負けたにも関わらず日本人サポーターは会場のゴミ拾いをした」と、各国から称賛されたというニュースが流れ、とても印象に残りました。
  日本は他国と比べ、自分の意見を上手に主張できないと言われ、最近ではディスカッションやプレゼンテーションなど、意見を発信する事を念頭に置く雰囲気が増えてきました。しかし、私はそのことに少しだけ違和感を覚えます。他国の「主張する文化」に対し、日本は「察する文化」と言われています。相手のことを第一に考え行動することがこの「察する文化」です。そんな文化だからこそ、上記のようなゴミ拾いをするといった発想が生まれるのだと思います。もちろん「主張すること」も大切なことすが、「察すること」「思いやること」をもっと大事にしてからの「主張」であるような気がするのです。
  「こちらは客なんだから」「私にその義務はないから」と自分の立場を一方的に主張したり、思いやりの感じられない言動をしたりする人がテレビなどで取り上げられることがあります。「店員と客」や「担当者と利用者」等の関係の前に「人と人」であることを忘れてはなりません。互いが気持ちよく過ごせるよう、互いが気配りできてこそ、より良い関係が生まれるのではないでしょうか。
  7月の徳目は「布施奉仕(ふせほうし)」です。「布施」や「奉仕」と書くと何だか仰々しく感じますが「誰にでも親切にしよう」ということです。つまり、「思いやりの心をもつ」ことが重要です。当たり前だと思っている周りとのつながりを、見直す機会を設ける事も必要なのだと思います。
  まだまだ思いやりの一歩にも満たないかもしれませんが、私も食後には自分の使った食器ぐらいは片付けようと思います。(2014.7)